森の達人・神垣健司 “森へ入ろう”

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VOL.5
 
「涸れることのない霊水が流れる蒲刈島・桂の滝」

古い言い伝えによると、かつて神功皇后が蒲刈島に立ち寄った際、落とした櫛を探すために、一面に生えていた蒲(ガマ)を 刈ったことから「蒲刈」と呼ばれるようになった蒲刈島は、瀬戸内海の島々の中でも、自然環境に恵まれた地として知られている。 とりわけ島中央部にある桂の滝を流れる「桂谷名水」は、どんな日照りの時でも涸れることがない霊水と言われてきた。肩コリや頭痛、皮膚病、眼病に効用があ るといわれる桂谷名水は、多くの生きものたちを育んできた生命の水でもある。ミカンの島が黄金色に色づき始めた秋、島の名水とそこに棲む生きものたちを訪 ねて、蒲刈島・桂の滝付近を散策してみよう。

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桂の滝は、蒲刈町役場のある宮盛地区を流れる小川の上流にある。宮盛地区は島内でも水の豊富な土地として知られ、かつて は盛んに水田が行なわれたそうだ。県道沿いにある蒲刈郵便局から、看板に従ってミカン畑が続く狭い車道を登って行こう。 この辺りでは、上空を鷹の仲間・ハヤブサが飛んでいることがあるので注意したい。ハヤブサはカラスほどの大きさで、時速300kmで空を飛ぶことができ る。ハヤブサは飛翔中の野鳥を見つけると、遥か上空から高速で体当たりして捕らえるというダイナミックな狩りをする。絶滅危惧種に指定されているが、蒲刈 島とその周辺は繁殖地となっているため、飛翔中のハヤブサを目撃する機会が多い。運が良ければ、大木の枝にとまっている姿を見つけることができるかもしれ ない。 徒歩で30分ほど急坂の車道を上がっていくと、スギやタブノキ、シイ、カシなど、常緑樹に覆われた森が見えてくる。車道が少し広くなったところに水の精製 所があり、そこから谷を少し詰めたところに桂の滝がある。薄暗い杉林の中に小さな渓流があり、水が蕩々と流れている。水の中に入って大きな石を起こしてみ ると、いくつかのサワガニが慌てて動き出した。サワガニは水のきれいな沢や渓流に棲み、一生を淡水で過ごして海や汽水域には下らない、日本で唯一の純淡水 性のカニだ。甲幅は2.5cm。地域によって体色が異なり、甲羅の色は赤色、褐色、青白色など、バリエーションに富んでいる。またサワガニはかつては山村 に住む人の重要なタンパク源で、今でもカニ粉汁にしたり、唐揚げや甘露煮にして食べられている。しかし寄生虫がいるため、決して生食してはいけない。 車道からほんの数分で、桂の滝に着く。しかし滝とは名ばかりで、上部から流れ落ちるような滝ではなく、取水用の配管がある小さな滝だった。ここの水は『桂 谷名水』と呼ばれ、どんな病気にもよく効く不思議な効験のある霊水として広く知られ、この水を求めて島外からも多くの人が訪れたそうだ。また重い病で何も 食べられない病人も、この名水だけは喉を通ると言われている。昭和60年には「広島の名水10選」にも選ばれており、ここで一服して、名水で作ったおいし いコーヒーを楽しんでみよう。 暗い杉林を歩いている時、偶然にも蘭の仲間、エビネの葉を見つけた。エビネは日本各地の山野に自生する野生蘭で、芸南地方では5月頃、美しい花を咲かせ る。丘陵地の樹林内に生育し、葉は広がって地面を覆うため、競合する草本の少ない谷筋の斜面などに生育していることが多い。エビネは日本原産の蘭の中で最 も人気が高く、かつてのエビネブーム以降乱獲が続き、今では自生のエビネを見る機会はほとんどなくなった。名水に育まれて、命を繋いできた桂の滝のエビネ を、これからも温かく見守ってほしいと願っている。
〈2003年10月号掲載〉

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今年は雨が多いため水量が豊富な桂の滝

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5月には美しい花を咲かすエビネ

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遠く離れた枯松にとまるハヤブサ

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サワガニは丸っこい体つきをしている


   
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