森の達人・神垣健司 “森へ入ろう”

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VOL.15
 
日本で最も美しいトンボ・マルタンヤンマを探そう
‐呉市焼山中央,焼山東・原垣内池‐

本格的にトンボを調べ始めた当初から、『マルタンヤンマ』の存在は知っていました。マルタンヤンマは「日本で最も美しいトンボ」とか「研究者でも生きた雄を見る幸運に恵まれた人は少ない」ともいわれ、トンボ愛好家にとっては憧れの存在です。もちろん当時は、私も数回しかその姿を見たことはありませんでした。
ある年、昭和地区在住のK氏より、夕方にマルタンヤンマがよく飛んでいる場所があるという情報をいただきました。その場所を聞いてびっくり、開発が進んでいる昭和地区のほぼ中心、住宅地といってもいいようなところでした。さっそく行ってみると、確かに憧れのマルタンヤンマが、夕空をバックにして悠々と飛んでいました。まさに灯台もと暗しと感じた出来事でした。

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マルタンヤンマはフランスのトンボ研究者・マルタン氏に因んで名付けられた大型のトンボで、東北地方の南部から鹿児島県屋久島にかけて分布しています。成熟した雄は、赤みを帯びた濃褐色にコバルトブルーの紋があり、眼も美しいコバルトブルーです。ほとんど森の中で生活し、朝早くと夕方に森から出て空高く飛んで、餌となる蚊やブヨなどを獲っています。明るいところが嫌いで、日中は木の高いところに止まっているため、止まった姿を見つけることはとても難しいのです。
ある年の夏、K氏からの情報により、昭和地区でマルタンヤンマを探しました。場所は昭和支所から苗代につながる県道沿いにある水田で、周りはスーパーや住宅地に囲まれています。まだ明るいうちに現地に着いて周辺を散策してみましたが、とても自然豊かといえる場所ではありません。私がこれまでマルタンヤンマを見たのは、森に囲まれた溜め池や湿原などの自然豊かな場所だったので、「マルタンヤンマがこんな住宅地に囲まれた場所にいるんだろうか」と半信半疑な思いでした。
夕方になって涼しい風が吹き始めた頃、上空にたくさんのアブラコウモリが飛び始めました。すると数頭のトンボがどこからともなく現れ、上空を旋回しながら餌を獲っています。ギンヤンマよりやや小型で羽が薄く褐色を帯びていることから、一目でマルタンヤンマとわかります。久しぶりに見るマルタンヤンマに、心臓がドキドキしました。マルタンヤンマは水田の上空から離れず、時にはすぐ目の前を素晴らしいスピードで飛んだりします。どうやら日暮れに集団で飛ぶ蚊やブヨが風に乗って、ちょうど風溜まりとなっている水田の上空に集まるようです。夕暮れにヤンマ類が餌を求めて飛び回ることを「黄昏飛翔」といいますが、このように見事なマルタンヤンマの黄昏飛翔が見られる場所は大変貴重です。この日、マルタンヤンマの黄昏飛翔は日が沈んであたりが薄暗くなる頃まで続きました。
翌日、再びこの水田に行ってみました。小規模の水田があるだけで、近くにはマルタンヤンマの幼虫(ヤゴ)が育つような溜め池などはありません。きっと近くにマルタンヤンマの発生場所があるはずだと思い、周辺を探していると偶然にも焼山東にある原垣内池を見つけました。
原垣内池の北側にはヨシが密生し、トンボにとって非常に良い環境の溜め池でした。原垣内池は柵があって立ち入り禁止となっているため、柵の外から溜め池を観察してみました。コシアキトンボやオオシオカラトンボ、ショウジョウトンボなど、たくさんのトンボが飛んでいました。やはりこの溜め池にはトンボが多そうです。もしかしたらここにマルタンヤンマがいるかもしれないと思い、溜め池の周りにある小さな林をゆっくりと歩いてみました。林を歩いていると、目の前をすっと黒い小さな影が動き、アカラシの中に消えました。そっとそのアラカシに近づいてみると、眼がコバルトブルーに輝くマルタンヤンマの雄が静かに止まっていました。初めて目の前でマルタンヤンマの雄を見て、そのあまりの美しさに手が震えてしまいました。さっそく写真撮影をしたのですが、マルタンヤンマはカメラのフラッシュを嫌ってすぐに飛び立ちました。写真が撮れたという満足感と、もう少し見たかったという残念な思いが交錯して、しばらくはその場に立ちつくしていました。その後、何度か原垣内池に行ってみましたが、あの時のような幸運には恵まれません。それでも池の上空高く飛ぶマルタンヤンマの雄を見たり、産卵している雌を観察しました。
今でも夏になると、マルタンヤンマに会うために昭和地区の水田や原垣内池に行きます。開発が進んだ昭和地区ですが、トンボ愛好家が憧れるマルタンヤンマの多産地があったり、絶滅危惧種のベニイトトンボが広島県で初めて見つかったりと、まだまだ自然の宝物がたくさん隠されている地域だと思います。

詳細は、月刊くれえばん2007年8月号掲載

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美しいコバルトブルーの眼をもつ
マルタンヤンマの雄。

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日没直前の水田、
この頃にマルタンヤンマが飛んでいる。

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マルタンヤンマの発生地・原垣内池。


   
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